2012年5月2日水曜日

「グルー」のパラドクス≪「探究」を探求する1≫: 独今論者のカップ麺


ウィトゲンシュタインの「哲学探究」を哲学的に探求する。

ウィトゲンシュタインを探求すると言ったそのしょっぱなから、ウィトゲンシュタイン以外の人物のアイデアの紹介を始めるのはどんなものかとも思うが、「探究」の言っている「規則解釈の不可能性」と深く関連することがらとして、「グルー」と「クワス算」を考えることから「探究」の検討に入っていきたいと思う。

「グル―」は、ウィトゲンシュタインより17歳若いアメリカ人哲学者グッドマンが、帰納法の可能性を懐疑して編み出した色彩に関するお話である。
帰納法というのは、これまでの経験から得られたたくさんのデータをもとにして、同様の結果を推測することができるとするものである。慣性の法則も、F=maも、メンデルの遺伝法則も、科学的法則と呼ばれるものはすべて帰納的に得られる仮説である。
たとえば「エメラルドはグリーン色だ」という文に対して、これまで土中から掘り出されたエメラルド10000個がすべてグリーン色と認められれば、この文は十分に確証することができ、10001個目のエメラルドもグリーンだと正しく推測することができる。
ここまではどこにもおかしなところはないはずだ。しかし、ここで、「グルー」という色概念を持ってくると変なことになってしまうのだ。

こーゆーものだ。
「『グルーgrue』は、時刻tより前に調べられたものについてはそれがグリーンgreenである時に適用され、それ以外のものについてはそれがブルーblueであるときに適用される。」(グッドマン「事実・虚構・予言」)
これをエメラルドの話で考えてみるとこうなる。「エメラルドはグルーだ」という文に対して考えると、或る時刻tの時点ですでに土中から掘り出され調べられたエメラルドの色はグリーンgreenであることになり、まだ土中にあって調べられてないエメラルドはブルーblueであることになる。


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この、「グルーgrueが時刻t以降にブルーblueとして確認される」というのは掘り出される時に青く変色するという意味ではない。時刻tの時点で掘り出されていたものが、たまたまグリーンgreenで、掘り出されていなかったものがたまたまブルーblueだっただけのことである。そんなことは、ほとんどありそうに無い話ではあるが、まったく無いという訳ではない。「グルーgrue」という色概念は、ずいぶん無理な設定を要求する言葉ではあるが、絶対あり得ないことを言うような、不可能で無意味な言葉だというわけではない。変ではあるが、そーゆー変なものとして認められるべき言葉である。


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しかし、この「エメラルドはグルーgrueだ」という文が認められるのであれば、「これから掘り出されるエメラルドはブルーblueだ」とする推測を認めなければならないことになる。ただ、この推測を認めるわけにはいかないだろう。もし、この推測が認められるなら、次に掘り出されるエメラルドはどんな色にでも推測できてしまい。推測自体が意味を失ってしまうことになるからだ。
こういうことだ。グレッドgred(:時刻tまでに調べられたものの色がグリーンgreenで、まだ調べられてないものの色がレッドredであるような色を示す形容詞)を用いて「エメラルドはグレッドgredだ」という文で推測すれば、次に掘り出されるエメラルドはレッド赤色だと推測しなければならない。
グレローgrellow(:時刻tまでに調べられたものの色がグリーンgreenで、まだ調べられていないものの色がイエローyellowであるような色を示す形容詞)を用いて「エメラルドはグレローgrellowだ」という文で推測すれば、次に掘りだされるエメラルドはイエロー黄色だと推測しなければならない。
こんな推測の仕方に何の意味がるだろう。こんな帰納的推測が正しいはずが無い。こんなおかしな言葉づかいをすること自体、許される訳が無い・・・と普通は考える。
では、この「グルーgrue」「グレッドgred」「グレローgrellow」などという形容詞のどこかがダメなはずなのだが、どこがダメなのだろうか。
これらの形容詞の定義に、「時刻t」などという恣意的な時間指定があるのがダメなのだろうか。それとも、「調べたもの」などという、人為的な作業を前提としているからダメなのだろうか。

しかし、生まれつき「グルーgrue」という言葉を使っていて、「グリーンgreen」「ブルーblue」の方を知らないという「グルー国」の言語を考えた場合、この批判は当たらなくなる。


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そういう言い方をするなら、僕らは生まれつき「グリーンgreen」という言葉に慣れ親しんでいるグリーン国の住人だとも言えるだろう。グリーン国では「グリーンgreen」「ブルーblue」という言葉がもともとあってこれをもとに「グルーgrue」「ブリーンbleen」を定義する。「ブリーンbleenとは、時刻tまでに調べられたものについてそれがブルーblueであり、時刻tまでに調べられなかったものはグリーンgreenである」という具合にだ。

グリーン国で僕らが考える「エメラルドはグル―だ」のイメージ

グリーン国で僕らが考える「エメラルドはグリーンだ」のイメージ

これが逆に、グル―国では「グルーgrue」「ブリーンbleen」という言葉がもともとあって、これをもとに「グリーンgreen」「ブルーblue」を定義する。「グリーンgreenとは、時刻tまでに調べられたものについてグルーgrueであり、時刻tまでに調べられなかったものについてはブリーンbleenであるような色だ。」「ブルーblueとは、時刻tまでに調べられたものについてはブリーンbleenであり、時刻tまでに調べられなかったものについてはグルーgrueであるような色だ。」という具合にだ。

グルー国で彼らが考える「エメラルドはグルーだ」のイメージ

グルー国で彼らが考える「エメラルドはグリーンだ」のイメージ

こう考えると、「グルーgrue」「ブリーンbleen」の方ばかりが、時制に依存しているからダメだとか、人為的であるからダメだとは、単純に言えなくなる。グル―国の人から見ると、グリーン国の我々の方がよっぽど変な言葉づかいをしているとも言えるのだ。


だから、実際に時刻tになるまでは、「エメラルドはグリーンgreenだ」も、「グルーgrueだ」も、どちらが正しくてどちらがダメだとできるような積極的な証拠は無いのだ。
ただし、それは時刻tになるまでの話だ。時刻tを過ぎてしまえばその推測の正しさや間違いが立証される。時刻tを過ぎて発見されたエメラルドがグリーンであったなら、「エメラルドはグリーンgreen」という法則は立証され、「エメラルドはグルーgrue」という法則は否認されることになる。
しかし、もちろん、時刻tを迎えてからその正しさや間違いが分かっても意味が無いとも言える。時刻tを迎えて「エメラルドはグルーgrueである」が否認されたとしても、「グルー2grue2:時刻t2までにグリーンgreenと確認され、t2以降はブルーblue」という新しい言葉、新しい時刻t2による新しい「グルー'・grue'」はいつまででも現れ続る。たとえば、2012年1月8日午前0時時点を境にグリーンとブルーを区別するような「グルー'・grue'」は、2012年1月8日午前0時以降に現れるエメラルドによって検証される。しかし、その時点でさらに2012年1月8日午前1時を境にして区別するような「グルー2grue2」、2012年1月20日午前0時時点で区別する「グルー3grue3」、2050年1月1日午前0時で区別する「グルー4grue4」など、どこまでも新しい「グルー'・grue'」が� ��れて、「グリーンgreen」とどちらが正しいか決定できないような比較対象になってしまう。時刻tを時間的に過ぎたからと言って問題が解決することにはならないのだ。


問題は、こんな変な推論ではあるが、普通のまっとうな推論と比較しても、言葉を比べるだけではどちらが本当に正しいのかを判断することができる材料がなく、その時刻が来るまでどちらが正しいのか決められないことなのだ。もちろん時刻tが来ればグルーgrueなどという概念がダメだと分かる、しかし、それはもはや正しい帰納法的判断ではない。
そして、さらに問題は、我々の「エメラルドはグリーン」という仮説が「エメラルドはグルー」という仮説より優位であるとするものなどなにもなく、そういう意味では、「グリーン」の方がおかしな形容詞かもしれないのだから、何をよりどころに法則なるものを立ち上げるべきなのかという疑問に、答えようがないことなのだ。

こう考えてくると、僕らはまっとうな帰納的推論をすることができそうにないのだ。

この問題は、言葉がどんな解釈をも許してしまい、その意味を決定することができないという「ウィトゲンシュタインのパラドクス」にも大いに関連してくる。
次節、クリプキの「クワス算」を見ていきながら、この点を考えていきたい。

つづく

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